旅行・地域

2018年2月 4日 (日)

横浜山下公園埠頭「氷川丸」

飛行場がまだ完全に使えないため横浜へ行ってきました。

横浜には何回か行っていますが「氷川丸」は何時も素通りするだけでしたが、今回は中

へ入ってみることにしました。

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重要文化財資料によると波乱万丈の氷川丸歴史と題して次のように説明されています。

氷川丸は日本郵船が1930年にシアトル航路用に建造した貨客船です。1920年頃より、欧米が投入した大型船に対抗して、日本も優秀船を建造しようとの声が一気に高まり、当時の最新鋭の船として竣工しました。戦時中は海軍特設病院船となり、終戦まで3回も触雷しましたが沈没を免れ、戦後は貨客船に戻り1953年にシアトル航路に復帰。船齢30年に達し第一戦を退くまでに、太平横断254回、船客数は2万5千余名と、大変活躍しました。1960年に引退した後、1961年より山下公園の前に係留保存され長年にわたり多くの人々に親しまれてきました。2006年に閉館して改装を行い、2008年に「日本郵船氷川丸」としてリニューアルオープンしました。戦前の日本で建造され現存する唯一の貨客船であり、造船技術や客船の内装を伝える貴重な産業遺産として高く評 され、2016年に重要文化財に指定されました。 

 

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カモメが、鎖にならんなでのんびり羽休み。

ここから船内の写真を何枚か写して来ました。勿論撮影禁止ではありませんので

自由に写せます。

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上の画像は船長室から操舵室、果ては機関室ですがそのエンジンの大きさに仰天されます。

総トン数  11,662トン

全長     163.3m

速力     18.38ノット

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と、まあそんな訳で大きな客船には無縁な私にはビックリすることばかりで、見学料、シニア200円は格安でした。(笑)

 昼時になって、中華街で久しぶりの中華を味わってきました。

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何時も行ってるお店で市場通りを入って少し行った左側にある「北京烤鴨店」北京ダックを多く扱っている店です。

3人で6千円少々で比較的安い店です。たまにしか行かない店なのであまり詳しく分かりませんが店員さんは、ほぼ中国人です。日本語も上手で不便はありません。

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2013年11月14日 (木)

成田山新勝寺

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3年振りで成田山へ行ってきました。今頃の時期は参拝者も少ないことからすいていると思っていましたが、年配者の参拝者で結構な人出でした。

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足の悪い家内をいたわりながら50段以上ある階段を一歩一歩上り何とか正面に上がることが出来ました。二人で今年の無事をお祈りして下山。

帰りには恒例になっている鰻屋、「川豊」にて、うな重をいただいてきました。ここではお店の前で3人の板さんが何時も鰻をさばいています。

ここのたれ焼きはふっくらしていてとても美味しいです。今では鰻が貴重な食材になり手に入らなくなったとはいえ、ここではたらいの中にたくさんの鰻が入っていて、次々さばかれていました。

外国人も多く器用に箸を使って旨そうに食べていました。ここでうな重を食べると成田山参りを済ませた実感がわきます。お笑いですね。

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2009年2月10日 (火)

大本山 成田山 新勝寺

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2年振りで成田山へ行ってきました。当時まだ工事中だった正門の建て屋が完成していました。素晴しい作りでとてもいい感じになっていました。

入り口正面の主柱には欄間に十二支の干支が彫り込まれていて、訪れた人たちは自分の干支を探し出して歓声を上げている姿が平和を感じます。

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一番は成田山道の入り口です。2月ともなればこんなに空いています。駐車場は無料の箇所がありました。

2番目はトイレ。これは前回行ったときから新しくなっていましたが中もとても綺麗で気持ちよかったです。

3番目は正面一門の階段上り口です。高齢者が多くなった昨今、この階段は手すり無しでは登れない人が年々増加しています。

4番は一門の階段を登りきったところの鳥居です。大きなちょうちんが浅草の雷門の提灯とダブりますね。

5番は正面入り口から入って建屋の後から撮ったものです。正月はとても混雑して人で動けなかったことでしょう。ここには露店もまだ出ています。

6番は2門をくぐって上がりきった神殿です、今日も中には大勢の人たちが新年のお払いを受けていました。何時もならこのお線香の焚き殿には人がたくさん集まっていますが今日はチラホラでした。

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正面右側には三重の塔があります。普段は何気なく通り過ごしてしまいますが今日は思い切って写して見ました。深い意味は良く分かりません。

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さて、おみくじを引きましたら一度も当たったことが無い大吉がでました。喜んで中を読んでみると、中吉や吉より戒めの言葉が多かったですね。

大吉を引くと有頂天となり喜びで何も考えなくなってしまう事を言葉で抑えているのかもしれません。

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帰りに裏の成田山公園へ寄ってきました。白梅が綺麗に咲いていましたが紅梅はまだ少し早く、今月の中ごろは綺麗に咲く頃かなと思います。

この公園は散策するのにはとてもいいところですが、一周するにはかなりの健脚でないと無理ですね。

高齢者は梅見物で終りとした方が無難です。お粗末でした。

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2009年1月27日 (火)

佐野厄除け大師

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今日は栃木の佐野厄除け大師に行って来ました。健康が一番の年になってからは年々神頼みが多くなりましたね。

しかしあちらこちらの神さんになんでもよろずお願いしてはご利益が無いでしょうね。神様だって願いが多いと『いい加減にしないか』と叱られそうです。

でもこちらの神様は厄除けが専門の大師様。何にも災いが起きないようにお願いするのは間違いではないと思っています。

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今年の厄に当たっている人はこの方々です。私も入っていました。1月ももう終りだというのに結構混んでいました。

アメリカから始まった経済不況は今や世界を震撼させています。朝青龍はトンネルを抜けて青空が見えた。と言っていますが日本経済は真っ暗闇じゃござんせんか。

戦後自民党が誘導してきた日本、今ではあまりにも長い政権にプールの水が澱んでところどころ水が腐敗していますね。

日本にはオバマさんのような人物は居ないですね。人のために働く、カッコいいですが金を貰わないで動く人なんかいないですよね。

話が脱線しました。失礼。と言うわけで厄除けに当たっている人は是非厄払いを。いぇ、大師さんからは宣伝費はいただいておりません。念のため。

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2007年3月23日 (金)

古河の桃まつり

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茨城県古河の「桃まつり」を見に行ってきました。今日は暖かくてぽかぽか陽気、朝から沢山の人でした。今年は3月20日から4月5日まで桃まつりと称して、色々なイベントが盛りだくさんです。

本日は綺麗どころのお姉さんが和服でお出迎え、思わず1枚パチリ、一緒に記念写真を撮ろうと思いましたが、オヤジにはそこまでは言い出せず、この1枚だけでした。

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丁度「こぶし」も咲き始めて、桃のピンクの間に可憐な白い花をつけていました。花の写真はどのように写せば花に気に入ってもらえるのか、なかなか難しいですね。ただ漠然とシャッターを切っても花に失礼かな~、とも思っています。花を専門に撮っている方に一度アドバイスを受けたい気がします。

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